家族サービスと言う社畜サラリーマンに違和感を覚える

お出かけする家族の画像

楽しい家族でのお出かけ

 

社畜が休日前後に必ず話題する家族サービスという言葉。

「休みは家族サービスで遊園地にお出かけしてさー」

「家族サービスで疲れたー」

 

 昭和から続く社畜サラリーマンの系譜の中でももはや恒例行事で有ります。この家族サービスという言葉に違和感を覚えるのは私だけでしょうか。

 きっと皆さんも感じておられるでしょう。

 今日はそんな家族サービスについて考えることを記事にします。

 

 

そもそも家族サービスっておかしくないですか 

家族サービスとは

俗に、家族のために尽くすこと。ふだんは仕事で忙しい人が、休日に家族と一緒に食事に出たり遊びに行ったりなどして、くつろいで過ごすこと。

引用元:家族サービス(カゾクサービス)とは - コトバンク

 コトバンクさんの定義によると、普段は忙しい人が家族と休日をくつろいで過ごすことを家族サービスというそうです。

 だいたいの人がこの意味で納得するでしょう。私も納得します。

 だけどどうしても拭えない違和感が有ります。

 

何故"サービス"なのでしょう

 

 サービスとついていると、まるで家族にサービスをするように聞こえます。一緒にくつろぐことを何故サービスと言う必要があるのでしょうか。

 

単語から考えると家族サービスという言葉はおかしい

サービスとは

  1. 人のために力を尽くすこと。奉仕。
  2. 商売で、客をもてなすこと。また、顧客のためになされる種々の奉仕。
  3. 商売で、値引きしたり、おまけをつけたりすること。
  4. 運輸・通信・商業など、物質的財貨を生産する過程以外で機能する労働。用役。役務。

引用元:サービス(さーびす)とは - コトバンク

 同じくコトバンクさんによると、サービスとは奉仕やおまけ、労働や役務を指す言葉です。

 家族とくつろぐことは奉仕なのでしょうか?

 違いますよね。

 家族サービスという単語を聞くたびに違和感を感じ反応に悩んでます。

 

土日で家族で出かけるのを家族サービスと言っちゃう人の末路

 家族サービスという言葉を使う人、自然に出てくる人は、普段から家族と一緒に過ごすことを負担に思っているのではないかと思うのですよ。

 我々社畜も1人の人間です。たまには1人になりたいとか、家族を重荷に思うこともあるでしょう。

 もしかしたら会社と家の往復で家族とどう過ごしていいか分からないとかの悩みがあるのかもしれません。

 とはいえ家族サービスという言葉は、本来支えあうべき家族をないがしろにしている言葉なのではないかと思います。

 

マザー・テレサの言葉にこんな言葉があります。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

 

 家族サービスという言葉を使う人は、最初はそんなつもりがなくても、家族と過ごすことを奉仕や労働と考えるようになるのではないでしょうか。

 

素直に「家族で過ごした」「家族でお出かけした」と言いたい

 なので私は家族サービスという言葉は普段から使わないようにしています。家族と過ごすことが負担に思うこともあります。たまには1人で過ごしたいと思うことも。

 ただそれは基本的に一過性のもので、やはり家族とどこかに行きたい、くつろぎたいと思うことがほとんどです。

 逆に考えると、妻や娘も同じように1人で過ごしたい時もあるでしょう。そんな時はそれとなく察して、1人で過ごす時間を確保してあげたいと考えてます。

 家族としてお互いが相手に敬意を払い、相手を尊重して生きていきたいと思います。